父の話・祖父の話

じいちゃん

一人暮らしを始めてから、ほとんど実家に帰ってなかった。毎日帰宅は深夜過ぎだし、
休日は習い事やら、友人たちとの約束やらで外出ばかりしているので、家族はどうしても後回し。そんなある日、一通のeメールが携帯に届いた。


「莉香へ 元気にしてますか。いそがしいとは思いますが、じいちゃんはなかなかお前が見舞いに来ないと言っています。大学の学費も出してもらったのだし、顔も出さないのが気に入らないのです。たまには時間を見つけて、会ってやったらどうですか。 父」


実家の父からのメールだった。悪いことをしたと思った。まずいとも思った。じいちゃんは、老人ホームにいて、でもまだまだ元気だからと、忙しさにかまけていたら、そんな風に感じていたんだね。



お前の娘はなっとらんと、祖父に呆れられてる父の顔も思い浮かび、休日、予定をすべてキャンセルし、父と二人でじいちゃんのいる老人ホームへ行った。


じいちゃんは、昔は良く話す人だった。台湾語なまりの日本語で、たくさんの有名な華僑が訪ねてきて、ビジネスの話を良くしていた。今はすっかり言葉すくなになって、「元気?」と私が声をかけると一呼吸し、「おう」と返事が返ってくるのがやっと。



私は、耳が遠くても、自分が言っていることが通じないかもしれなくても、お構いなしで一方的に自分の近況や今日来るまでの道のりで見た風景の話などをした。


じいちゃん、なかなかこれなくてごめんね。何してほしい?


新聞を読みたいというので、毎日、朝日、読売とそれぞれの新聞の見出しを解説つきで読んでいった。その日はGDPが微かながらも増加傾向だというのがどの新聞にも書かれている日だった。「わかるおじいちゃん?GDPは増えてるのよ、ほんの少しずつだけれど、わかる?」じいちゃんはわかるわかるとうなづいていた。
それから流行の音楽ランキング、季節の話、人生についてのQ&Aなど
興味をもってくれそうなところを次々に拾い読みをしていった。



帰りがけ。写真を撮ろうと言って、携帯つきカメラで父が撮ったのがこの写真。
まだ暑い夏。帰るとき、またねと握手した手の握力はとっても強く、いつまでもいつまでも自分からは放したくなさそうにしていたのを良く覚えているよ。

今一人暮らしをしている先から、決して近くはない、じいちゃんのいるホームまで足をのばしたくなったのはなぜだろう。
単に父の体面を保つため以上に、そこに向かわなければ、今行かなければ後悔するという思いがあったのだと思うし、そう信じている。

じいちゃん、また遊びに行くからね。元気でいてね。