タクシー占い

hana

 営業という仕事柄、一週間のうち3-4回はタクシーに乗る機会がある。たいていは、タクシーに乗り込むと「大手町まで」、「四谷の丸の内線入り口で降ろしてください」とJRや地下鉄の最寄駅までお願いする。あるいは、お客さんのところまでの地図を渡し、「その★印がついてるところまで行きたいんです」と行き先にダイレクトにお願いする。すると運転手さんも「はい、わかりました」と了解し、スムーズに目的地につけるのだ。

ところが、この「目的地にスムーズにつける」という期待は、数回に一度、非情にもあっさり裏切られる場合がある。
★★★

「ごく近いのですけれど、虎ノ門まで」と、溜池山王から乗車した時のことである。

徒歩でもいけるくらいだったけれど、社中で次のお客さんとの商談の準備など、やりたいこともあったし、道のつながりがよくわからなかったので、運転手さんに任せてしまった方がいいだろうと、運転手さんに甘え、彼らは運転のプロと信じきってしまったのがよくなかったのだろうか。

「それどこですか?」
その運転手さんは、のんきにそう聞き返してきたのである。
「え?道わからないんですか?」
「はい」
「本当にわからないんですか?南北線だとすぐ隣の駅ですよ」
「ごめんなさい、本当にわからないんです」
何度聞いても、返ってくる答えは同じだった。
聞くと新人さん。うお。そして、虎ノ門と思われる方面とは逆送しはじめたのである。
「そっちじゃないんじゃないですか?」と私。
「そう思われますか?なら引き返します。」全く自信ないまま走っているのである。そして指摘されればそのまま引き返すけれど、一向に目的地にはつかない。
「迷ってませんか?」と聞くと、
「そう思われますか?右でしょうか?左でしたか?」と聞き返してくる運転手さん。
私だってわからないよ。
「とにかくどうにかしてたどり着いてください。遠回りはできるだけしないでください」と頼むのが精一杯だった。


わからないなら歩くからいいですというには、車に乗り始めたよりも遥かに目的地への虎ノ門からは離れすぎているようで言い出せなかった。
なんだか全く好みではない人と二人っきりで、無人島に取り残されたか、タイタニック号に乗ってしまったかの気分だった。

目的地に到着したのは着くだろうと予想していた時間を20分以上も遅れてのことだった。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★

この「目的地にスムーズにつける」という期待は、別の時にはまた、全く違った意味で裏切られる場合もある。
★★★


「ごく近いのですけれど、この市内の地図のところまで」と、飯田橋駅から乗車した時のことである。

徒歩でもいけるくらいだったけれど、なんど地図を見ても、道のつながりがよくわからなかったので、運転手さんに任せてしまった方がいいだろうと、運転手さんに甘え、彼らは運転のプロと信じきってしまったのがよかったのだろうか。

「なんだ、ここすぐ近くですよ。一方通行が多いから、車だとかえって時間かかりますよ」
その運転手さんは、にっこりと自信顔で答えてくれたのである。
「いや、でもこのあたり詳しくなくて、地図見てもわからないんですよ」
「そう。ならわかった。おじさんに任せときなさい。だいじょうぶ。この道10年以上なんだから!」
「時間はどれくらいかかりますか?」
「右折できなくて遠回りしなくちゃなんないから、15分くらいは見といたほうがいいな。」

社中から携帯電話でお客さんに予定時刻より15分くらい遅れることを告げた。
「連絡ついてよかったね。さあ行きましょう」
任せてもいいのだという安心感を覚え、タクシーは目的地に向かい始めた。

「いいですか、私はこの道10数年なんです。ここはタクシーや車じゃかえっておそくなるくらい、アクセスが悪い。地図じゃどってことない距離でも、一方通行やら、渋滞やらが発生しやすいんだ。
でもね、任せときなさい。こまない道探してあげるから。あ、ちなみに、お客さん目の前の、そこ!そこはね、全国で一番大きい飯田橋ハローワークだよ。それからこのあたりね。ここらは日本と中国の文化交流関連の建物が多くてね。中国人がたくさんやってくるんだ。不法入国で騒がしているような中国人ではなく、エリート中のエリートの方だよ。
それからそっちは後楽園。名所だよ。綺麗だろう?あ、あとね、この先には中村勘九郎って知ってるかい?勘九郎さんの屋敷がある。この辺じゃちょっとした目印がわりに『勘九郎さんちの方まで』って道の指定をしてくる人がいるくらいだよ。どうだい安心したかい。ちょっとはこのへんに詳しいぞって話をしたつもりなんだけど。」

確実に目的地に向かっていた。なんだか観光バスに乗って名所周りをしていたかのような気分だった。

目的地に着くだろうと予想していた時間より少しばかり早くに到着できた。
★★★★★★★★★★★★★★★
二人の運転手さん。私の態度や依頼の仕方はさして変わることがなかった。違っていたのは運転手さん側の反応だ。
だから、私は思うのだ。タクシーの運転手さんとの出会いは、いわば占いのようなもの。
いい人が担当してくれればいいけれど、新人さんや、道に詳しくない人に当たる時もある。毎日、毎日、星座や血液型占いをチェックするように、タクシーの運転手さんで今日の私のラッキー度をチェックと思えばいいんだ。さ、今日はどっちがでるか、運試し♪