マリアさまゆるして。

マリア

部屋の冷蔵庫に、マグネットでA3大のポスターが貼ってある。
絵は自分で書けばいい、と大き目の絵なんて買ったことのない私が
どうしても、家に持ち帰りたいと、
思わせるだけの力が、この絵には、あった。


絵の名前は、
ティツィアーノ聖母マリアの被昇天。


どこにあるのかなんて全然しらなくて、ただテレビで見た時に、美しい、綺麗、いつか本物をみたいと思った。それだけは覚えている。でも数年くらいすっかり忘れていた絵だった。


でも、あるときたまたま友人が結婚式をイタリアで挙げるというので出かけたら、
フィレンツェの美術館で彼の別の作品を見かけた。


もしかしたらこの国のどこかに
あるかもしれない。フィレンツェの美術館を、それから数箇所回った。
なかなかみつからなかった。
でもこの国のどこかには必ずあると思った。
イタリアの美術館は宮殿や教会、あるいは学校の校舎のように
だだっ広い。壁にかけられているだけでなく、壁画として作品になっていたり、
天井画になっていたりで見逃してしまいそうになる。
でも一つ一つ丁寧に、チェックしていった。

3日後、願いは叶った。
絵があったのはベネツィアの小さな教会だった。



やっと会えた。
「初めまして。ずっと会いたいと思っていました。」そっと声をかけると
マリア様は私に向かって「待ってましたよ」とほほえんでいるようだった。


「あなたに会うために、来ました。なぜだかしらないけれどあなたに
ゆるしてもらわなくてはならないことが、たくさんあって、
もしかしたら、これからもたくさんあって、
会わなくてはいけないと思いました。」
マリア様はただ何も言わず、だまったままひたすら私の告白を聞いてくれているようだった。

うれしくてずっとずっと絵を見ながら大粒の涙をぽろぽぽろと流していた。



もうあれから2年以上経っている。最近ふと
誰かにゆるしてもらいたいと思う気持ちが
こみ上げてくることがある。
そんなときは、冷蔵庫の何も言わないマリア様を見ている。
十分と思えるくらい見つめ終わると、
いつものように冷蔵庫をあけ、
賞味期限の切れた紅しょうがやら野菜やらにうんざりしながら
ゴミ箱に捨て始める日常に戻る。